インド発のビジネスイノベーション-Jugaad- インドから生まれた、Jugaad Innovation は、「斬新な工夫による応急処置」、あるいは「目の前にあるもので、新しいものを創造する」といわれる考え方。限られたリソースの中で、創意工夫で間に合わせの解決方法を見つけること。電気洗濯機でラッシーというヨーグルトドリンクをかき混ぜる、電気の要らない水冷冷蔵庫などの事例が有名である。水冷冷蔵庫は冷蔵ボックスの上部から水を注ぐだけというシンプルなもので、庫内に染み渡った水が、暑くなると蒸発して庫内を冷やす仕組み、価格も50 ドル程度である。さらに、保温器を保育器にするといった例も。無計画性、やっつけ仕事といった短所も指摘されているが、今あるもの、目の前にあるもので、何とか問題解決しようという工夫精神は、ビジネススクールでも取り上げられている。そんなインド式ビジネスイノベーションをインドのマーケターが語る。(日本マーケティング協会 Marketing Horizon 2016年4号への弊社代表松風の寄稿を元に抜粋)

Chandan Keerthi

韓国ブランドのアセアン・中東市場進出アドバイザーとしてキャリアをスタート。その後フォレスターリサーチ、ニールセンを経て、Kadence APMEAのBtoBリサーチヘッド。センシングアジアのパートナースタッフとして同社プロジェクトに従事。

松風:ジュガードというのは、洗濯機がヨーグルトドリンクをかき混ぜるのに使われているような、インドと言う国の、'Way of Life'だと思っています。
ただ、昨今の欧米企業もそうなのですが、Do more with lessに代表されるジュガードのセオリーは、日本企業のマーケティングにも、非常に影響を与える可能性があるように思います。インドのマーケターとして、ジュガード精神は、商品・サービス、そしてビジネスモデルのイノベーションにとって、どのような価値があると思いますか。

Keerthi:ジュガードは、インド人の物事のやり方であり、毎日の生活へのアプローチです。
ジュガードは、商品やサービスのイノベーションという観点では、メリットもデメリットもあると思います。ですので、選択的に取り入れていくことが大切です。例えばビジネスにとって、拡大していくこと、そして自律性を保つことというのは非常に重要です。ただ応急的処置的なソリューションでは、ビジネス拡大も自律的運営も難しいでしょう。
しかし、ビジネスにはイノベーティブでなければならない局面、あるいは無駄をなくさなければいけない局面もあります。そのような時にはまさにジュガードから学べるでしょう。「リーンスタートアップ」(エリック・リース著、シリコンバレー発の起業の手法として注目をあびた本でコストをかけずに試作段階で顧客の反応を見、修正を繰り返すことで成功率を上げる方法を提唱している。)にも「構築する、計測する、学ぶ、実践する」と書かれていますが、ジュガードも、ビジネスアプローチの倹約性、効果効率性を非常に重視しています。'クオリティ'と'効果'、そして'リソースが適合する範囲を拡大していくこと'、この3つのバランスをどうとるかが、ジュガードを取り入れるうえで非常に重要な点だと思っています。

松風:なぜ、ジュガードは欧米で、特にシリコンバレーで急速にバズワードになったのでしょうか。

Keerthi:これは、ジュガードのリアルな価値と言うよりも、カルチャーショックのほうが大きかったのではないでしょうか。違う国から来た人が、思いもかけないやり方で問題を解決する、あるいは物事をおこなっているところを見る。それも、一見非常に普通のやり方に見えるが型からはみ出た方法で、さらにほとんどお金をかけないで。それはとても魅力的に見えるでしょう。アジアにとってのシリコンバレーも同じかもしれません。カリフォルニアで誰かが、アプリを使って、ごくわずかなコストで問題解決しているシーンは魅力的ですよね。
今まで経験していなかったことに魅かれるのは、我々誰もに共通のことです。また、特にビジネスの側面で見れば、コスト削減とアウトソーシングにも大いに影響しています。欧米企業がジュガードに魅かれるのは、イノベーションということだけではなく、金額的側面(倹約的側面)も大きいと思うのです。

松風:最近のインドにおける、ジュガードイノベーションには、どのようなケースがありますか。

Keerthi:そうですね、ICIC銀行(インド民間銀行の最大手)の「カードレス」でATMからお金を引き出せるソリューションが思い浮かびます。これは、指定された電話番号へ資金を移し、電話番号とアクセスIDだけでお金を引き出せるというものです。お金を引き出すためのアクセス情報は、携帯電話にSMSで送られて来ます。ATMマシーンからATMカード無しで引き出しを可能にしたイノベーションであり、仕組みとしては既存のテクノロジーを有効活用したものです。
私も以前旅先でATMからカードでお金を引き出そうとして、間違った暗証番号を打ち込んでカードがブロックされてしまったことがありました。また、カードの紛失時、盗難時―これもインドでは良くあるのですが―に他人にそのカードを使ってお金を引き出されてしまう、というようなことを、このサービスは防いでくれます。

松風:このサービスは、ICIC銀行に口座が無くても利用できますね。これもインドでは大きな利点なのではないでしょうか?以下のような利用者の声があるようです。
「私の母親の介護士に、緊急に送金しなければいけないことがあった。しかしその介護士は銀行口座を持っておらず、私の家から非常に遠いところに住んでいた。その時ネット検索でこのカードレスサービスの存在を知り、介護士の家の近くにICIC銀行のATMがあることもわかった。送金に必要だったのは介護士の携帯電話番号だけだった!助かった!」

Keerthi:その通りです。特にインドの地方部、また低所得者層には銀行口座を持っていない人が非常に多いのです。そのような人々が、キャッシュが必要、あるいは送金や送金受取が必要な場合に、最も便利なソリューションです。また、銀行間送金は、銀行の空いている時間にしかできませんが、「カードレス」引き出しサービスは、24時間365日利用ができるので、緊急時にも対応可能です。なぜなら、既存の銀行口座に基づくシステムとは独立して運用されているからです。
別の例として、携帯から携帯への送金もあります。いくつか種類がありますが、India Post(インド郵便局)が主導し、提供している"instant Money Order"というサービスは、銀行もATMも無いような、ただ郵便局はあるという、インドの田舎における人々の送金需要を解決しています。
これらのケースは、既存の技術を違った用途に使うことで、人々の経済的独立性を成立させ、マーケットニーズを解決し、社会的にも親和性が高いという意味で、まさにジュガード精神を活かした成功事例と言えます。

松風:"Embrace Innovation"は、ジュガードイノベーションの、特にDo more with lessの代表的なケースとして、日本でも紹介されています。このようなケースについてはどう思いますか。

Keerthi:これがイノベーションだというのは、もしかすると過大評価なのかもしれません。
インドでは最も成功したビジネスがフォーカスしているのは、切迫したマーケットニーズを解決できるか、現実のマーケットで実行可能であるか、という2点だと思います。'Embrace Innovation'は素晴らしい企業だと思います。しかし、彼らは、イノベーションというよりも、ジュガード的アプローチで、新生児を守るという、切実なマーケットニーズを解決したということだと思います。
先進国の人々と違って、インド人はソーシャルセキュリティで守られていません。我々は、自分たち自身を守れないことも多いのです。貧困層にとっては、低価格な手段で'予防'すること、それが唯一のソリューションなのです。

松風:あなたが何か新しいプランニングに取り組むとき、どの程度ジュガード精神を意識していますか。


Embrace Innovationが開発した新生児用保温器出典:
Embrace Innovation Websiteより

Keerthi:プランニングの初期段階ではジュガード意識はそんなにありません。ただ、プロジェクトを実行する段階では意識しています。なぜなら、何かをプランニングするとき、我々はある意味、理想的なビジネスシナリオを用いて将来予測をし、スケジュールを引くからです。しかし、実行段階では、「現実」というものがプランを妨害してきます。そこで、ジュガードの出番が来るのです。計画通りに行かない時に、代替案を模索し、違ったやり方を試すのです。「誰もが素晴らしい計画を持っている。人生があなたの顔にパンチをするまでは。逆境に居る時に、あなたの能力が発揮され、事が進む。工夫に富み、適応性を持ち、イノベーティブになったあなたの能力が、逆境に打ち勝っていく力になる。」という事です。
自分自身の経験でいうと、とあるプロジェクトで、アメリカで調査対象として医療専門家をリクルーティングしなければいけなかった事がありました。従来の方法は、医療従事者パネルを使う、もしくは病院のディレクトリからアプローチする、というものです。しかし、対象とする分野が専門的過ぎてこれではうまく行きませんでした。そこで、Facebookを利用して、数人の専門家から芋づる式に紹介してもらうという方法に切り替えた結果、従来型のリクルーティングよりはるかに効果が高かったということがありました。
Do more with lessは、インドの生活の一部です。インドの田舎に行くと、赤ちゃんがゆりかごではなく、天井の柱に結ばれた、サリーの中で揺れているのを目にするでしょう。そういうことなのです。常にフレキシブルで、シンプルで、あるもので工夫している、インドはそのような人々の国なのです。


※ 新興国に多い未熟児は、皮下脂肪が不足していて、体温のコントロールができないために亡くなってしまうケースが、非常に多い。しかし従来の保育器は、あまりに高価であったため、農村地域ではほとんど使われていなかった。Embrace社は、お湯で温めるしくみで電気を使わず、シンプルで非常に安価な保温器を開発した。


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