インドネシアM<A最新事情〜市場の魅力と参入の留意点〜 ASEAN地域で最大の人口を抱えるインドネシア。数年前の調査では、外資側の参入への興味も強く、ASEAN域内でも、M<A対象として特にインドネシアに注目する企業は多かった。そんなインドネシアにおける、売り手と買い手のニーズ、進出に当たって留意する点を紹介する。(取材協力 株式会社ASPASIO取締役、センシングアジア パートナー 末澤俊裕氏)

政治経済、規制の影響を強く受けるインドネシアの売り案件事情

まず、インドネシアのM&Aの全体的な傾向として、その時々の政治・経済の影響を強く受けて、売りの特色が移り変わっていることが実感できる。

インドネシア企業側の売手ニーズ(事業・持分売却ニーズ、企業の資金ニーズ(第三者割当増資、融資等)、ジョイントベンチャーニーズ、共同開発ニーズ等、主に資金等相手方の経営資源を需要する側のニーズを、総称して、以後「売手ニーズ」と呼ぶ)は、ポジティブとネガティブの2つに整理できます。
まずポジティブな売手ニーズとしては、経済成長を背景に、「リスクを取って事業を拡大したい、そのために外部から資金調達したい」というケース。この場合、会社を大きくするからこれだけ欲しい、という強気な売却希望金額の設定が多い印象を持っています。また、提示されるビジネスプランもバラ色で、取得出来る持分も50%未満が多くなります。
一方、ネガティブな売手ニーズとしては、経済成長の結果、競争が激化し、収益を圧迫、負債が増えて、資金ニーズが生じたケース。昨今の競争激化という観点では、不動産業界、金融業界が挙げられます。また、インドネシアは、構造的な貿易赤字を抱えています。ルピア安も進んでおり、製造業では、輸入材料が負担(原価高)となり、赤字となっているケースもあります。そうしたケースでは、強気な売却希望価格もすぐに下がったり、最初から全株を売却したいというような意向が見て取れます。

売手ニーズの推移をみると、長期では、インドネシアは資源大国ですので、総じて、石油、天然ガス、石炭、ニッケルといった資源系の売手ニーズは続いています。
1997年の通貨危機までは、製造拠点としての投資が増え、海外からの投資ニーズに対応した売手ニーズも増えました。97年以降、諸外国からの投資ニーズは減退し、売手ニーズは行き場を失っていきました。その後、1人あたりGDPが3,000ドルを超過した2010年あたりから投資ニーズ、売手ニーズも増加し、色合いも変わってきました。1人あたりGDP3,000ドル超というのは、消費財の購入が加速的に高まり、経済が急激に成長する目安です。同時期に、人々が車を買い始めるようになります。対内直接投資も製造拠点から販売市場を視野に入れたものになりました。2011年や2012年頃から、自動車の部品メーカーの買収が増え、それを支えるサプライチェーンとしてコイルセンターが開発され、物流の売手ニーズも増加しました。これらは総じてポジティブなニーズです。

一方、規制が強化されることで、ネガティブな意味での売り案件が出てくることもあります。2014年1月には未加工鉱石の輸出禁止政策を受けて、ニッケル等の鉱山の売手ニーズが出てきました。採掘業者は採掘した資源の輸出の見込みがなくなり、想定していた収益を上げることが出来なくなりました。開発・採掘を続けられなくなり、精錬所を建築する必要が生じたためです。また、2015年1月の外貨建て債務の為替ヘッジに関する規制の影響で、ネガティブな観点からのマルチファイナンスの売手ニーズが増えてきました。中小の商業銀行の売手ニーズも散見されるようになりました。

過去には資源系から、製造業の売りへと変化していったインドネシアのM&A。それでは、最近の動向、今後の傾向はどうか。


ジャカルタのイオンモール外観(写真提供:末澤氏)

最近は非製造業の売手ニーズが増えています。具体的には、金融、物流、IT、ホテル、建設・不動産、メディア等。興味深いところでは、病院や学校が売りに出たり、海外企業に対しての売りとしては、数年前にはあまり見られなかったコーヒーショップといった案件等も出てきました。
また、産業としては、食品産業などの売手ニーズ(加えて日本からの投資ニーズ)も増えている傾向があるように感じます。食品産業については、ジャカルタに出店したイオンの日本食フロアが人気を呼んでいますが、日本食ブームを背景に、レストラン進出から食材へと広がりを見せています。
2016年5月に発表された新たなネガティブリストの効果も無視できません。これは2014年のネガティブリストを改定したものですが、ディストリビューターや小売業で大幅に外資参入の条件が緩和されました。今後この分野の売り案件は増加すると思われます。最後に、モバイル資金決済、ソーシャルメディア、レンタルサービスといった、スタートアップの売手ニーズも増えてきていることも注目できます。

インドネシア企業から見た、日本企業と提携する魅力

インドネシアのM&Aでは、日本企業以外にも、中国、オランダ、シンガポールの企業の存在感が大きい。それでは日本企業に売りたいという場合、インドネシア企業側は日本企業に何を期待しているのか。

現地のパートナーと話をしていて、インドネシア企業は戦略的なパートナーとして日本企業を見ていると感じます。例えば、特に製造業ですが、彼らの中には日本企業と組んだという実績があるだけでブランドが向上する、と認識している会社もあります。品質向上が担保されたと考えるわけです。
更に、日本人顧客のロイヤリティの高さも注目されています。インドネシア人から見ると、日本の消費者はなぜ同じ品物を買い続けるのかとても不思議なようです。顧客が離れないような良い商品を作っているのではないか、長期的な顧客の獲得を視野に日本企業と組みたい、という動機を持っている会社もあるようです。
また、戦略的パートナー以外では、資金調達コストの安さを日本企業と組む理由として挙げる会社もありました。これは特に金融業に言えることで、中でも自動車や自動二輪などのオートローンといった、外部から資金調達を行い、小口の消費者に貸すタイプのビジネスが当てはまります。2014年までは、インドネシアの政策金利は7〜8%で、オートローン企業が銀行から借り入れる際は、10%を超えることがほとんどでした。一方、日本はゼロ金利政策をとっており、日本での市中調達は2〜3%で可能なので、日本で調達し、インドネシアで貸し出すことで、利ざやを大きく確保できるわけです。但し、この魅力は2015年以降減りました。2015年1月に、インドネシアの中央銀行が、外貨建て債務について為替リスクヘッジを義務付けたためです。ヘッジコストが調達金利の低さをトレードオフしてしまうことになりました。
前述した同政策によりネガティブな売手ニーズが生じたというのは斯かる背景が一要因としてあります。事業拡大のポジティブな売手ニーズからネガティブな売手ニーズに推移した一例です。

日本企業側から見た、インドネシアでM&Aに乗り出す魅力、メリット

インドネシア企業が日本の企業に期待するのは戦略的パートナーとしての役割ということだが、日本企業にとっても、アジアの中でも特にインドネシアに進出することには、その市場性とポテンシャルから、格段の魅力があるようだ。


ジャカルタのラーメン店の食器:
イスラム教徒に配慮し、豚と鶏のイラストで食器を分けている
(写真提供:末澤氏)

他の新興国同様、以前はコストメリットを活かそうと、製造拠点として考えられていましたが、現在では販売市場として捉えられるようになってきています。人口ボーナス理論で考えると、シンガポール、タイ、中国、韓国は既に人口ボーナス期を終えていますし、ベトナム、マレーシアも2020年近くに終わりを迎えます。2025年以降も人口ボーナス期が続くのは、主要アジアの国ではインドネシア、インド、フィリピンだけになります。インドネシア、フィリピンは、人口構成も若く、労働力が豊富で、販売市場としての魅力が高い状態が続くことが期待されます。加えて、インドネシアはまだまだ労働力が安く、月額賃金がワーカーレベルで3万円程度です。さらに、インドネシアは1998年の民主化以降、ここ20年近く政治が安定していることも魅力の一つです。
日本企業にとってのメリットは何と言っても人口2.5億人を抱えるその市場性でしょう。インドネシアはジャワ島に人口の6割近くが住んでおり、都市居住率が高く、購買力が年々高まっています。モダンなワークスタイルも浸透し始めています。また、製造の観点からも、資源国なので天然資源が手に入りやすい点もメリットでしょう。

インドネシアでのM&Aプロセスにおいて日本企業が特に留意しておくべき点

その市場性から、日本企業にとって魅力の高まるインドネシア。とは言え、インドネシアはアセアンの他国と比較しても保護主義が強く、外資にとって事業参入のハードルは高い。また、許認可を取得するにも恐ろしく時間がかかる。M&Aの観点からは、特に出資制限の改廃に留意したい。

もっとも基本的かつ重要なのは、まずネガティブリストを押さえることです。例えば、ディストリビューターは、2014年のネガティブリストでは33%の外資出資上限が設定されていましたが、2016年5月のネガティブリスト改正で、67%へと引き上げられました。
政府の政策方針によって、大きく出資の制限等が変わる為、留意が必要です。
過去の事例として、ネガティブリストの制限の特例が起こるのも、インドネシアらしいところです。例えば、インドネシアの銀行に対する出資は外資規制により持分比率は制限され、マジョリティが取れない構造になっていました(銀行による出資40%上限、非銀行による出資30%上限)。マジョリティをとりたい大手金融業にとっては、これは一つの障壁になっていました。
ところが、2015年、インドネシアの小規模銀行の統廃合等の再編を進めたい金融監督庁と、インドネシアに進出を果たしたい新韓銀行(韓国)の思惑が重なり、小規模銀行2行を合併することを前提として、1行に40%超の出資を認めたということを確認しています。

政府の規制内容には明確でないものもあり、信頼できる法律家を雇うことが不可欠である。法務面からのトラブルの話は後を絶たない。

現地のパートナーによると、JVでプロパティ・カンパニーを作った際、既に事業に必要なライセンスを持っていたので、雇っていたリーガルアドバイザーは、買収の際の届け出は不要と考えていたそうです。ところが実はライセンスをもう一度取り直さないといけなかったようで、結局後でペナルティを払わされたそうです。法律も不明瞭な時もあり、現地の専門家ですら判断を間違えるケースもあります。
特に不動産取引は、登記に関してのトラブルをよく聞きます。土地の使用権を買ったものの、登記された書類が実は偽物で、正規に登記された権利を持った人が後から出てきた、という例などです。正規の登記も書き換えられてしまったという都市伝説も聞いたことがあります。真偽はともかく、不動産取引の難しさを表していると言えるでしょう。
また、インドネシアには「国旗、国語、国章、及び国歌に関する法律」があり、契約は全てインドネシア語の契約にしなければならない、と定めています。これに関して、あるアメリカの会社がインドネシアの会社にお金を貸した時に、ローン契約を英語で締結したところ、その契約が無効とされる判例が出ています。

更に、インドネシアに進出する場合、日本と大きく異なる労務環境にも注意が必要だ。インドネシアの労務条件は、日本のそれと比べて、雇用者にとって厳しいものが多い。

例えば、インドネシアでは、義務化された退職手当、宗教大祭手当などもあります。使用者は時間外労働を強制できず、たとえ労働者側との時間外労働の合意があっても、原則1日3時間以内、週14時間以内と決められています。また、もし3時間以上の時間外労働を行わせる場合は途中で十分な休息を設けなければならない、特に深夜に女性を就労させる場合には1,400kcal以上の食事を提供しなければならない、などといったことも法律で定められています。また、インドネシアでは賃金の上昇が著しいことにも留意が必要です。

市場としての魅力を増すインドネシア。刻々と移り変わる政府規制。実際の進出において絶えることがないトラブル。進出にあたっては、現地の特殊な規制事情に精通する専門家と密にコミュニケーションを取りつつ、状況や変化に応じて、進出計画や事業モデルを柔軟に変えていく覚悟も必要だ。


Manusia Harimau

取材協力:末澤 俊裕氏 株式会社ASPASIO 取締役、センシングアジアパートナー

Andersen、KPMG FAS、三菱東京UFJ銀行を経て、GCAサヴィアン株式会社に入社。法定監査、財務DD、システム開発、各種コンサルティング等幅広い業務に関与。M&A支援においては、海外投資戦略立案から現地PMIまで(M&Aプロセスの入口から出口まで)の支援の実績を持つ(GCAサヴィアン在籍中に総合商社に出向し、複数の投資案件を支援)。2014年、株式会社ASPASIO創業、センシングアジアに参画。現在、アジアのM&A案件開拓に注力し、アジア売手ニーズを多数保有。

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センシングアジアのマイクロコンサルティングサービスは、海外進出、海外マーケティング分野における豊富なコンサルティングと、 M&A分野での豊富なパートナー開拓実績をベースに、アジア・アセアンにおけるビジネス展開のサポートを行います。オンラインサービスの利便性(アクセス、コスト、スピード)と人的サポートを組合せています。

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