シネマグラフと認証ショットに見る韓国モバイル世代のデジタル心理:アジアのデジタルマーケティング(1) ネットへのアクセスがモバイル中心の韓国では、デジタルメディアに接するユーザーの反応が日本と異なることも多い。最近のトレンドである「シネマグラフ」と「認証ショット」から、韓国のデジタルマーケティングの現状を読み解く。(日経デジタルマーケティング 2017年8月号に弊社代表松風が寄稿しました)

世界でもトップクラスのIT大国である韓国。韓国の生活者に対するデジタルメディアの浸透度は世界でも随一だ。米調査メディア「eMarketer」によると、韓国の成人が1日にデジタルメディアに費やす時間は、2016年にテレビの視聴時間を越えた、としている。年々生活者のテレビ離れが進むのと対照的に、デジタルメディア消費は伸びるばかりだ。

しかし、このような状況に広告側の対応はまだまだ追いついていない。前出のeMarketerによれば、2016年に生活者がデジタルメディアに費やした時間が47.2%だったのに対し、デジタル広告支出の全広告支出に対する割合は43.2%と相対的に低い。生活者がプリントメディアに費やす時間が非常に短いのにもかかわらず、プリントメディアへの広告支出は20%もある。ユーザ志向に追随する形で、既存メディアからデジタルへの転換に拍車がかかるのは想像に難くない。

始まりは「ハリー・ポッター」


韓国では洋服や靴、観光業界、さらに現代自動車やキアといった
自動車メーカーもシネマグラフを積極的に活用

そんな中、デジタルメディア広告において、消費者を効果的に引きつけることができる手法として、静止画の特定の一部分だけが動くシネマグラフへの注目が高まっている。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科メディアデザイン研究所研究員の黄仙惠氏によれば、韓国でも日本と同様、シネマグラフが映像制作手法として取り入れられているという。その発端は、1997年に原作シリーズの刊行が英国で始まり、2001年に映画版の第1作「ハリー・ポッターと賢者の石」が世界各国で公開された「ハリー・ポッター」映画版とされる。だが、今ではWebデザイン、バナー広告、メールマーケティング、デジタルディスプレイ、プロジェクションなどに幅広く活用されている。

シネマグラフへの関心は、ドラマのデジタルポスターに応用され、そのクリック数が通常素材の6倍に跳ね上がったことがマーケティング調査で明らかになってから高まった。日本でも放映されている韓国ドラマ「ひとり酒男女」がそれで、ドラマ向けでは初めてシネマグラフのデジタルポスターが作成された。脇役は静止しているが、主役の男女、その手元とグラス、そしてグラスの中のお酒が動くというもの。お酒だけが動くとお酒のCMになってしまうが、手とグラスとお酒が一緒に揺れ動くことで、視聴者の視線がおのずと「お酒を飲むという行為自体」に引きつけられる。

この取り組みが話題になった背景を理解するには、最近の韓国文化の変容を知っておくことが不可欠だ。そもそも韓国では、一人で食事をしたりお酒を飲んだりする習慣がなかった。お酒は人と人との関係性を強めていくものとして、韓国文化の大切な一部分を占めていた。

しかし若い世代を中心に、一人で外食をしたりお酒を飲んだりすることに抵抗がなくなっているという。韓国食品医薬品安全処が2016年に実施した調査によれば、20代から40代の男女の実に66%が一人酒の経験があり、その主な理由として一人のほうが気楽に飲めるから、と回答している。

先のシネマグラフは、こうした文化変容を背景として、「一人でお酒を飲む行為」にポイントを絞って、効果的に見る人の視線を集約し、強い印象を残した。シネマグラフを見事に活用した成功例と言える。


認証ショットの投稿例(※2012年の前回大統領選挙時に撮影されたもの)
出所:dalcrose
https://www.flickr.com/photos/dalcrose/6920644538/in/photostream/

デジタルの手法は、写真から動画へと進化をしてきたが、伝えようとする情報が過多になる傾向があった。韓国では、インターネットアクセスはモバイルが中心。動画は容量が大きいため、ユーザはSNSでシェアすることをちゅうちょする。尺が長いものは忌避されやすい。その点、シネマグラフは、写真と容量はさほど変わらないがインパクトを与えられる。SNSでも気軽にシェアできるため、拡散も期待できる。

韓国でシネマグラフはバナーやメールマーケティング、サイネージなどで盛んに使われており、対象業種も洋服や靴、旅行会社、そして大手自動車メーカーである現代自動車やキアなども積極的に活用している。車に乗っている女性の髪だけが揺れている、あるいは水辺のシーンで波紋だけが動いている、といったものだ。食品ではお酒、コーヒー、牛乳など、動くことで新鮮さ、素敵さ、インパクトを伝えるために利用されている。さながら「モノを生きものとして扱う」新たなデジタルマーケティング手法だと言える。

韓国のトレンドでもう1つ、面白いのは、大統領選挙における「認証ショット」だ。韓国では、投票用紙に投票所備え付けのハンコを捺す必要がある。そこで投票に行ったことをアピールしたい有権者が、自分の手にハンコを捺し、その写真をハッシュタグ(#)「認証ショット」を付けてSNSでシェアすることが流行した。前大統領の弾劾を契機とする今回の大統領選挙では、多くの有権者がこの写真を投稿し「認証ショット選挙」と呼ばれた。

韓国人ならではの意識特性

有権者の中から自発的に生まれてきたこのハッシュタグは韓国民主主義を象徴するものでもあった。同時に、自己アピールに余念がない韓国人ならではの意識特性が現れたともいえる。韓国では、こうした「デジタル心理」を分析する動きも出てきている。

この大統領選挙時の動きから学べることは、企業都合のマーケティング戦略ありきではなく、それを受け入れる側であるユーザ側のデジタル心理を捉えることが重要ということだ。マーケターとユーザとの双方向のコミュニケーションが成立して初めて、既存メディアとの違いが生きる。

くしくも韓国は、新大統領が海外市場獲得のためのマーケティング戦略である「グローバルデジタルマーケティング」を宣言。政府が本腰を入れて、デジタルマーケティングを始めとしたITを活用した産業でグローバルに打って出ようとしている。韓国の動きは、今後も要注目であろう。

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