インドではチャットボットがUIの主流に?:アジアのデジタルマーケティング(5)新しいテクノロジーを導入したり利用したりすることに比較的ちゅうちょが無いインドでは、ここ数年で人工知能(AI)を活用したチャットボットが急速に浸透している。課題は、AIでのやり取りをより自然なものにするには、消費者の志向などの膨大なデータが必要となること。その点、インドの消費者は、より使い心地の良いサービスを受けることができるなら、個人データを収集されようと、それほど違和感を感じない傾向がある。今回は、こういったインドのチャットボットをいくつか紹介したい。(日経デジタルマーケティング2018年3月号に弊社代表松風が寄稿しました。)

新しいテクノロジーを導入したり利用したりすることに比較的ちゅうちょが無いインドでは、ここ数年で人工知能(AI)を活用したチャットボットが急速に浸透している。チャットボットとは、生身の人間と自動的にチャットを通してやりとりできるロボット(AI)のこと。企業にとっては、24時間365日対応可能なカスタマーサービスのツールとして活用できる。個々人に合わせた、パーソナライズしたやりとりも可能なため、既存・潜在カスタマーのエンゲージメントを高めるツールとしても利用価値が大きい。

世界ではFacebook、マイクロソフト、LINEなどが2016年ごろからチャットボットへの取り組みを本格化させており、日本でも運送会社などでの活用が進んでいる。インドではチャットボットが、各種チケット予約やEコマースを始め、旅行、銀行・保険、医療サービスの分野などでも活用されている。

課題は、AIでのやり取りをより自然なものにするには、消費者の趣味嗜好などの膨大なデータが必要となることである。その点、インドの消費者は、より使い心地の良いサービスを受けることができるなら、個人データを収集されようと、それほど違和感を感じない傾向がある。これもチャットボットが急速に浸透している背景にあるだろう。今回は、こういったインドのチャットボットをいくつか紹介したい。

チャットボット導入で先行するHDFC銀行

チャットボットを導入して目覚ましい成果を挙げているのが、HDFC銀行である。同行は2016年12月にチャットボットを開発するインドのスタートアップとして注目を集めるNiki.aiと提携し、Facebookメッセンジャー上のチャットボット「OnChat」を導入した。ユーザーはOnChatとメッセンジャー上でチャットすることにより、ポストペイド携帯電話料金や各種公共料金の支払い、プリペイド携帯電話の料金リチャージ、タクシー予約やバス予約、映画や各種イベントのチケット購入などができる。同行の口座を持っていなくても、ワンタイム登録でOnChatのサービスが利用可能だ。

HDFC銀行はフェイスブック・メッセンジャー上で稼働するチャットボット「OnChat」を導入
HDFC銀行はフェイスブック・メッセンジャー上で稼働する
チャットボット「OnChat」を導入

OnChatは支払いのリマインダーといったパーソナライズされたメッセージを送ることもでき、ヒンドゥー語と英語がミックスされたインド特有の言語表現などにも対応できる。

HDFC銀行のプレスリリースによれば、ローンチから1年弱の間に、月次で160%以上の伸びを見せ、240万件ものメッセージを蓄積したという。今後の活用の余地が大きい、膨大なユーザーデータの収集に成功したわけだ。このデータはチャットボットの、より自然な言語処理能力の構築だけでなく、純粋に顧客データとしても活用の余地がある。OnChatのリピートユーザー率は34%にも上り、HDFC銀行はAIによる対話形式のバンキングサービスに自信を深めている。

さらに、OnChatユーザのうち約25%が、HDFC銀行の顧客では無かったことから、新規顧客獲得のチャネルとしても期待を強めている。同行によれば、OnChatを導入した背景として、ユーザーがメッセンジャーで友人とチャットを楽しみつつ、さまざまなトランザクションを行えるようにすることで、対話形式の銀行サービスにおける顧客体験を次のレベルへと押し進めたい、といった思惑がある。

2017年3月に導入したチャットボット「EVA」(Electronic Virtual Assistant)
2017年3月に導入したチャットボット「EVA」(Electronic Virtual Assistant)

同行のチャットボット活用はこれには留まらない。2017年3月には、自行のWebサイトでチャットボット「EVA」(Electronic Virtual Assistant)をローンチ。これはインド発のAIスタートアップ、Senseforthと組んだチャットボットサービスである。同行のサイトを開くと、画面右下に小さなアバターが出現し「EVAに質問する」というオプションが表示される。そのアバターをクリックすると、EVAとのチャット画面が表示され、ユーザーはチャットのやり取りを通して、さまざまな点についてEVAからのアシストを受けられるようになっている。

EVAがアシストできる内容は、支店の住所やコードの問合せから、クレジットカードやデビットカードのブロック、ネットバンキングのパスワードの再設定方法など、多岐にわたる。EVAのおかげでユーザは、検索したりブラウズしたりする手間なく、手軽に商品やサービスに関する情報を得ることができる。

同行によればローンチから数日で、EVAは、世界17カ国の数千もの顧客による10万件もの問合せに答えたという。今後、顧客とのやり取りを積み重ねていくことにより、EVAの処理能力はより高まり、EVAを活用したAI対話形式のサービスの範囲はさまざまな銀行取引へと、広がりを見せていくことが期待されている。

ヒューマンタッチな顧客体験が持ち味の「ixibaba」

キャラの立ったチャットボット「ixibaba」
キャラの立ったチャットボット「ixibaba」

複数の旅行予約サイトを横断検索できる旅行予約マーケットプレイス「ixigo」は2007年にローンチされ、旅行予約のワンストップショップとして、多くのユーザーに利用されてきた。そんなixigoが2016年に導入し、顧客体験の向上に⼀役買っているのが、同社のキャラの立ったチャットボット「ixibaba」である。

ixibabaとは、ixigoとbaba(インドをはじめとする南アジア地域で、物知りの年配の男性に対する尊敬の意を表す呼称)を組み合わせた名前。ixibabaのアバターは、いかにもサイババ風の風貌に、メガネをかけた少しギークな印象を醸し出している。面白おかしく書かれたプロフィールによると、ixibabaはヒマラヤ山脈にいる「旅行の師」であり、「退屈しのぎに長けた人(the breaker of boredom)」などとある。

ixibabaは、フライト情報、ホテル、タクシー、電車、おすすめの旅行先、天気、観光地の入場料金などの質問に答えられる。実際に、比較的シンプルな内容であれば、テンポよく返してくれる。少し込み入った問合せとなると、「しばらく寝不足なんだ!処理能力がかなり落ちてしまっている。メールをくれればちゃんと答えられるよ。」と、メール問合せ先を教えてくれるといった、いかにもインドらしいものになる。洗練された顧客体験を提供するには、まだ学習が必要なようだ。

ただ、こういった細かいキャラクター設定やフレンドリーなやり取りにより、チャットボットとのコミュニケーションであるにも関わらず、人間とのコミュニケーションに近いような、温かみのある感覚をユーザー側に与えている。時間をかけて会話を蓄積することで、よりナチュラルな会話ができるようになるAIならではのキャラクター設定かもしれない。

ixigoは、次のステージとして、2018年に「Tara」という音声アシスタントのアプリ上でのローンチを目指している。ixigoによれば、TaraのようなAIベースのプラットフォームは、より多くのユーザーとコミュニケーションをしていくことで、よりよくユーザーを理解することができ、よりパーソナライズしたコミュニケーションが可能になる。ixigoは電話応対の記録や、苦情メール、カスタマーサポートのチャット履歴などのデータを活用し、ユーザの志向を理解した上でユーザが興味を持ちそうな旅行を提案することを目指している。

インターネットへのアクセス手段の主流デバイスはモバイル機器であるが、多数のモバイル上のアプリを使いこなすのを、ユーザーは面倒に感じるはずであり、音声で⼀発で答えを得られるシステムは利用価値が高いとixigoは見ている。今後伝統的なUIはますます減っていき、音声プラットフォームとARとの組み合わせによって、ますますUIは会話ベースに変化していくというのが彼らの想定だ。これが次世代チャットボットTaraを開発している動機である。

ユーザーに浸透し、進化を続けているインドのチャットボット。今後、ユーザーとの関係構築においてどのような進化を続けるのか、目が離せない。

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