マレーシア発、AIファーストのマーケティング:アジアのデジタルマーケティング(6)モバイルマーケティングがスタンダードとなっている現在、マレーシアではAI(人工知能)ファーストのマーケティングにフォーカスが当たっている。AIファーストのマーケティングとは、「生活者の意向をいかに的確に迅速にアシスト、あるいはナビゲートするか」だと言える。そのためには、あらかじめ蓄積した生活者データからの学びを活用する必要がある。マレーシアは⺠族構成が極めて複雑な国の一つであり、宗教、文化、習慣などが多様である。年齢性別や所得階層でセグメントすると、生活者の意向と言っても限りなく複雑な分析と対応が求められるのは想像に難くない。そんなマレーシアで、AIファーストのマーケティングへの寄与が期待される技術を開発している現地のスタートアップを紹介する。(日経デジタルマーケティング2018年4月号に弊社代表松風が寄稿しました。)

もはや、モバイルマーケティングがスタンダードとなっている現在、マレーシアではAI(人工知能)ファーストのマーケティングにフォーカスが当たっている。背景の1つに、IoT(インターネット・オブ・シングス)の進展がある。IoTが急速に広がるであろうこの数年間、マーケターはIoTをどのようにマーケティングに生かすかを探ることになるだろう。

また別の背景として、国策によるIoTの推進がある。マレーシア政府は「ナショナルAI」、および「ナショナル・ビッグデータ・アナリティクス」という2つのフレームワークを開発している。そして大企業、中堅企業のデジタルシフトを進めるために、デジタル・トランスフォーメーション・ラボを設置し、企業向けにコンサルティングと、デジタル製品やサービスのプロトタイプ開発をサポートする、としている。

こういった流れの一環で、今年の1月には、アリババがスマートシティAIプラットフォームをクアラルンプールに設置した。このプラットフォーム上で、都市のさまざまなソースから得られるデータから、機械学習のプロセスを経て、都市オペレーションのインサイトを引き出すことが可能になる。それを、例えば交通システムや地図アプリとドッキングさせ、バスのルートや頻度などを調整して運用効率を高めたり、セキュリティー上のリスクを抽出したりする。将来の道路網構想に役立てることも検討されている。

生活者データから学ぶ

さて、AIファーストのマーケティングとは、「生活者の意向をいかに的確に迅速にアシスト、あるいはナビゲートするか」だと言える。そのためには、あらかじめ蓄積した生活者データからの学びを活用する必要がある。マレーシアという国は、民族構成が極めて複雑な国の1つである。マレー系、中華系、インド系が代表的であるが、地域特有の民族もいる。それぞれ宗教、文化、習慣が違い、さらに年齢性別や、所得階層でセグメントすると、生活者の意向と言っても限りなく複雑な分析と対応が求められるのは想像に難くない。そういった意味で、マレーシア現地のスタートアップ、Glueck Technologiesの取り組みは注目に値する。

Glueck Technologiesは人の感情を総合的に読み取り分析するアルゴリズムや技術を開発している、2014年設立のスタートアップである。2017年のASEANライス・ボウル・スタートアップのディープテク・AI・ビッグデータ部門で優勝した実績を持ち、今後の成長が期待されている。

人の感情を総合的に読み取り分析するアルゴリズムや技術を開発している
人の感情を総合的に読み取り分析するアルゴリズムや
技術を開発している

Glueck Technologiesが2015年にローンチした製品、A3(Advanced Anonymous Audience Measurement)は、店頭の買い物客の感情を、企業がリアルタイムで測定できるというものだ。製品には、カメラ、ソフトウエア、ダッシュボードが含まれる。そして、性別、年齢、民族属性(エスニシティー)、感情などにひも付く人の表情のデモグラフィック・データと照らし合わせて、買い物客がどういった気分なのかを分析する。

これにより企業は、生活者がブランドや商品、サービスに対してどういった感情を持っているのかについて把握することができ、より効果的なマーケティング・キャンペーンを打つことが可能となる。ウェブプラットフォーム×AI、つまりIT×ITによるサービスはよく取り上げられているが、Glueck Technologiesが提供するビジュアル・アナリティクスは、店頭や対面といったリアルの世界においての可能性、つまりリアル×ITの可能性を広げるものである。

A3には、その他にもオーディエンスの数、オーディエンスのアテンション・タイムの測定や、スクリーン前のオーディエンスの平均的な足取りなども測定する機能がある。これらの機能を活用し、コンバージョン率を導き出すことで、小売店頭だけでなく、OOHメディアの効率も測ることができる。さらにこれらのデータはクラウド上に蓄積されるので、企業はオーディエンスのデモグラフィックデータと統合して、リアルタイムで把握することが可能になっている。

さて、ここで当然気になるのは、オーディエンスのプライバシーを侵害せずにどのようにデータ蓄積および分析するのか、という点である。

Glueck Technologiesによれば、オーディエンスの画像イメージは保存せず、それらは関連データに変換されてクラウドに送られ、アナリティクスを通して分析され、メディア・オーナーや広告主にフィードバックとして提供される、という仕組みになっている。オーディエンスのプライバシーはこのようにして守られ、データは完全に匿名化されている。

Glueck Technologiesは「A2」(Adaptive Advertisement)という製品も提供
Glueck Technologiesは「A2」(Adaptive Advertisement)
という製品も提供

Glueck Technologiesは、A3とともに、A2(Adaptive Advertisement)という製品も提供している。これは、屋外デジタル広告(DOOH)のオーディエンス属性をキャッチし、事前にクライアントが設定したコンテンツ配信ルールに基づいて、オーディエンス属性によってコンテンツを切り替える、といった機能を提供するもの。日本でも今後急速に広がりを見せていくであろう「ダイナミックDOOH」(天気・気温などを含め、その場の状況に応じて、最も効果的なコンテンツをリアルタイム配信するDOOH)の一端をなす技術である。

顔認識によってオーディエンスの属性を、感情も含めてキャッチし、それによってコンテンツの出し分けをする、というAI型のDOOHは、日本でも昨年末に、日本マイクロソフトと電通が提供を開始している。

多民族・多文化のコンテキストで開発

Glueck Technologiesの取り組みが特に面白いのは、彼らがマレーシアという多民族・多文化のコンテクストで顔認識データを収集していることにある。多民族・多文化のコンテクストでサービス開発しているからこそ、人の表情と感情のひも付けや動作特性も含め、バラエティーに富んだ人・顔認証データが蓄積され、多様性に耐えうる分析力も蓄積していくことが期待される。Glueck Technologiesのウェブサイトによれば、現時点で、27万人以上の顔が分析されているという。

マレーシアでは国を挙げてレギュラトリー・サンドボックス(より自由度の高い実験場)を用意し、官民が連携してスタートアップを育て、IoT、AIなど次世代技術の可能性を探り、事業化を推進する意気込みを見せている。日本では昨年あたりから議論がされはじめたレギュラトリー・サンドボックスは、マレーシアやシンガポールなど東南アジアの方が一歩先を行っている。国の後押しと、複雑系の学習を経て発展するであろうマレーシアのAIファーストマーケティングは、日本のインバウンドマーケティング現場でも力を発揮するのではないだろうか。

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