多様なアセアンか、閉じたアセアンか 境閉鎖下の多様性デザイン パンデミックによる経済減速、国境封鎖をきっかけに、多様性を成長のパワーとしてきたアセアンが変わりつつある。当地でビジネスをする外資企業の経営にも変化が求められている。今回から2回にわたり、グローバルマネジメントの今後を考えていく。初回は人財マネジメントの課題と今後の道筋について、Merver(Singapore)のパートナー、Mehra氏への取材を紹介する。(日本マーケティング協会 Marketing Horizon 2021年2月号への弊社代表松風の寄稿、取材原稿を元に抜粋)

越境労働者の流動性低下が何をもたらすか

─── 今回の国境閉鎖は、企業の人財多様化にどのような影響があるとお考えですか。特にASEAN諸国において、マインドセットとスキルセットの両面に与えた影響に関してお伺いしたいです。

メラ:感染拡大による国境閉鎖に関しては基本的に、ナショナリズムの台頭と保護貿易政策の推進といった、ここ数年で世界的に見られるようになった傾向を加速させたと捉えています。この傾向は主に労働力のデジタル化、自動化、そしてAIの活用によるところが大きいですね。我々が実施した、2020年の人財動向調査(Mercer 2020 Global Talent Trends survey)によると、今後の3年間で労働者の34%が職を失うと予想しています。同時に、30%近くの企業がデジタル化推進を止めないと回答していることもわかりました。つまり、大多数の企業はまだ経営改革計画や業務のデジタル化、ビジネスモデルへの投資を模索していて、それによって今後雇用の大部分が失われる恐れがあるというわけです。こうしたマクロ経済の変化があると、各国はまず十分な雇用を保証するべく、保護貿易政策でもって自国民の保護にまわります。感染拡大による国境封鎖はこの動きを加速させました。というのも、非現地人に就労ビザを出すハードルが高くなり、労働者が物理的に移動してくることが困難になっているからです。これは企業の人財戦略そのものに影響するでしょう。
企業がこの状況に対処する方法としてはいくつか考えられます。我々の調査では、約40%の企業が他企業との戦略的パートナーシップを増やす計画があると答えています。また、約39%の企業がより多くの派遣労働者を雇い、バーチャルワークやデジタルツールにより、地域を超えた協業を促進するつもりだと答えています。

Dhruv Mehra 氏(ドゥルブ・メラ)

Mercer (Singapore) Pte Ltd
Partner, M&A Transaction services Leader
Asia

Mehra氏は、シンガポールにおいて多国籍顧客担当部署のリーダーとして、欧米企業のシンガポール支店やシンガポールに本籍を置く大規模な多国籍企業のクライアントマネージャーを務める。またアジア太平洋市場におけるM&A ビジネスのリーダーとしても、日本・中国・韓国・香港・シンガポールと5カ国に渡る約45名のコンサルタントチームを率いている。同氏はおおよそ20年人事コンサルティングに従事しており、アジア地域の担当は7年に渡る。

─── 戦略的パートナーというのは、業者から派遣された他の人財を活用したり、仕事の一部を外部委託したりするということですよね。

メラ:いまASEANで企業が強化したい、あるいは現状不足していると考えるスキルの多くは、デジタルに関わるものです。そして、市場ではこうしたスキルがますます不足しています。ですから、企業はこうしたスキルを社内で構築するのではなく、小規模なテクノロジー企業とパートナーシップを結ぶことで補おうとしているのです。例えば企業が網羅的なデジタルチャネルを持っていない場合は、顧客インターフェースから注文処理、宅配に至るまでのデジタルチャネルのツールを、完全に外部委託できるようなパートナーを検討する可能性がありますね。
もう1つあり得るのは、派遣社員の活用です。企業が社内にデジタルのノウハウを持ち合わせていない場合、その役割を補うために外部の労働者やコンサルタントを雇うこともできますね。また、派遣社員ならパートタイム制やプロジェクトベースで雇うこともできるので、柔軟な活用も可能です。

リモートワーク体制は職場をどう変えるのか

─── いま我々は現状を2つの視点から議論しています。1つは、AIやデジタル化によって、企業内の仕事のポートフォリオが変わってきているという点。2つ目は、国境閉鎖によって、職場での人財の多様性が何らかの形で数年内に変化するという点。企業はどのようにすればこうしたニューノーマル(新常識)に適応することができるのでしょうか。

メラ:このパンデミックが起こる前は、業務体制を(フレックスタイムやリモートワークの導入などで)より柔軟にしてほしいという要望が、従業員側から多くなされていました。一方管理職側はというと、生産性の低下を危惧して柔軟な働き方や組織というものを支持してこなかったので、抵抗の声も多くあったと思います。ですがパンデミックの影響で、企業が柔軟な働き方を採用することを余儀なくされた結果、柔軟な働き方が有効であることは証明されました。仕事とプライベートの境界線がますます曖昧となり、従業員は通勤や長時間労働をしなくなったため、実際に多くの企業で生産性が向上したことがわかったのです。
こうした柔軟な働き方が普及したことで、面白い疑問が提起されるようになりました。というのも従業員は、そもそも自分が働く都市に住む必要があるのか疑問に感じるようになったのです。企業は、特に家族の近くにいたいと考える従業員からそのような疑問を投げかけられてきていました。社員が住みたい国で雇用されることを条件に、その国から(リモートで)仕事をすることを許可している企業もいくつかあります。これにより、地域をまたぎながらも1つのまとまりのある部隊のように働けるチームを持つことができますね。ただ、こうした動きはまだまだ初期の段階にあると思います。現実的な課題がまだたくさんあるのです。私どもは、近い将来何が起こるのか、そして完全なリモートワーク体制に乗り出すことができるのかどうか、もしできるならどのようにして着手するべきなのか、クライアントと話し合ってきました。多くの大手企業は、対面でのやり取りだからこそ得られる価値が一定割合あるということで、リモートワーク体制は短期的には可能だが長期的には持続不可能だと言っています。ですのでおそらく我々は、ある特定の仕事だけリモートで行うというような、ハイブリッドな業務体制に行き着くでしょうね。

越境できないからこそ、人財開発に焦点が当たる

─── 多くの外資系企業が海外支店や海外事業をグローバル人財育成の1つの方法と考えています。例えば、日本に拠点を置く米国企業が、管理職や重役を海外支店に派遣して、帰国後に彼らを昇進させるといった具合です。国境閉鎖の影響はこういった育成プログラムにどのような影響をあたえるでしょうか。

メラ:私たちは、新時代の中での従業員のスキルアップや技能の再教育についても、クライアントに疑問を投げかけてきました。私はまず、そのようなプログラムがなぜ人財育成に役立っていたのかを理解することが重要だと考えています。そのプログラムによって人財が流動的になったことで、従業員にとっては大きく2つの恩恵がもたらされたと思います。1つは、別の国/市場で働くことで、今までとは違う文化の中で働くことへの理解を深められるということです。もう一つは、シンガポールのような人財供給拠点に移った人は、世界中のトップレベルの人々と接することができるので、そうした人々との交流やトップレベル市場での経験を通じて、人財開発が大きく加速することです。
ただ、今は社員を海外に派遣して、そうした国際的な経験や接触をさせることが難しくなっています。
そこで私たちは企業に、国際異動の代替として、どういった人財開発の取り組みをしているのか尋ねてみました。企業は、まだ完全に答えを用意できているとは思いません。なぜなら、バーチャル空間でもモノづくりの現場でも、できることには限界があるからです。とはいえ一番多かったのは、「学習手段とアクセシビリティを広げる」というものでした。今はLinkedInラーニング、edXなどのオンライン学習プラットフォームや、General Assemblyのようにオンラインだけでなく対面での学習も提供するサービスもあります。しかし、このように多くの学習機会にアクセスできるようになってはいるものの、当の従業員に時間がないということが課題としてあります。ですので、そうした学習にかけるための時間を仕事の予定に組み込んでおこうという流れもあります。例えばDBS(シンガポールの大手金融機関)では実際に業務の時間配分を取り決め、スキルアップに一定の時間をかけることを要求しています。
企業のリーダーたちはさらに、技能の再教育も奨励していると聞いています。従業員の87%が、再教育に向けての準備ができていることがわかっています。そして企業は今、従業員が学習目標を達成できるよう、学習に対するインセンティブ付与についてもKPI目標を立てています。例えば、すでに成果主義に基づく賃金制度を取り入れる動きも出始めました。現に約20%の企業が、能力給の導入を始めると言っています。仕事内容とその仕事に必要なスキルを考慮して、その人が持つ特定のスキルに応じて賃金水準を設定するというものです。ただし、そうしたスキルは試験や資格によって証明しないといけないことになっています。そうすることで、従業員に新たなスキルを身につけたいと思わせるようなインセンティブを与えることができるというわけです。

─── 物理的な流動性が不足している状況下でも、トレーニング等への投資や技能向上へのインセンティブを与えるような代替手段により、人財開発を推進するというお話でした。そうなってくると、より国籍の多様化の度合いは低くなるのでしょうか。

メラ:その通りです。そしてそれは地理的な問題だと思います。企業はバーチャルなチームを使ってその多様性の低下を補おうとするでしょうし、それによって国籍をまたいだ交流が生まれます。
しかし各国政府はというと、少なくとも今後3年間は保護主義が強まると予想されていますので、国内でのスキル開発をより重視するようになるでしょう。シンガポールがすでに、SkillsFutureプログラムによって、シンガポール国民にスキルアップの機会と補助金を与える制度を整えたことはもうご存知だと思います。同様に、多くの国が将来の労働力として必要とされるニーズを満たすために、現地人財の能力開発を進めていますね。
トランプ氏の「アメリカファースト」主義がありましたが、その後ヨーロッパや南米、特にブラジルを中心に同じような波が押し寄せています。インドでもモディ政権のもと「Make in India(インドで作ろう)」キャンペーンが行われています。自動化や事業改革が加速しているので、この動きが緩やかになるとは思えません。よりたくさんの雇用が危険にさらされているのですから。そしてこうした現状が、保護主義的な政策を推進し続ける政府をさらに加速させています。

─── こうした状況を踏まえると、現場での人財多様性は失われても、地域や国を超えて標準化できるコミュニケーション環境の活用が益々大事になりますね。ただ、人財の流動性が低下し続ける場合、国ごとに孤立したり独自化したりする恐れがあると思います。ここで問題となるのは、それぞれの国や地域の業務をどのようにして1つの企業グループとして結びつけていくかということだと思います。特に日系企業では本社のほとんどが日本にあり、日本人経営者が実際に現地にいないと海外支店や海外子会社に目を配ることが難しいという問題があります。海外子会社と本社との間に信頼関係を築くことは、口では簡単ですが実行は難しいですよね。

メラ:それは間違いなく新たに増えたリスクだと言えます。企業は現在リーダー育成に再投資しているところです。ここ数年、多くの企業はリーダー育成への投資を削減していました。しかし、大きな変化に対応できたり回復力があったりするリーダーが必要となっている今、既存のリーダーたちや新たなリーダー育成に投資する必要性が高まっています。リーダーシップというものは誰もが生まれつき持っているスキルではありませんから、そのスキルは新たに開発しなければなりませんよね。
そして、このパンデミックを通して改めてわかったのは、特にリーダークラスの人財はかなり疲弊しているということです。そして、彼らはこのパンデミックのもとで組織をリードする準備が十分にできていない状態だったということが、多くの企業で認識されるようになりました。
今日では、共感力をもって戦略的にリーダーシップを発揮できるようなリーダーが求められています。グローバル人財動向の調査では、共感性と経済性のバランスを取ることが中心的なテーマとなっていました。そのため、リモートワークによるリーダー育成やコーチングを行う傾向が強まってきているようです。私たちのクライアント全員、少なくともパンデミックの中でより良い成果を出してきたクライアントからはそのような話を聞いています。それでもなお、今後人財マネジメントやソフトスキル学習の方にもっと多くの時間を費やしてしまう企業は間違いなく出てくると思います。

─── まさにそうですよね。企業のCEOは管理職の熟達度に対して責任を負っていますが、では管理職はリモートワークや在宅勤務をどのように客観的指標をつかってマネジメントをしていけばよいのでしょうか。

メラ:これが本当のリスクである、と管理職に認識させることから始めるのがいいでしょうね。ある社員がほとんどの時間をリモートで過ごしていて、別の社員が職場にいる場合、一体どのようにして相手のパフォーマンスを測定しようというのでしょうか?
例えば、マーサーでは、Individual Growth Statement(個人の成長表)と呼ばれるものがあります。これは2021年に向けてすべての従業員が、自分たちが生み出している売り上げや、顧客維持の度合い、顧客に請求可能な労働時間といった指標に、掲示板を介してアクセスできるというものです。これによって、より客観的な基準でもってパフォーマンスを相対的に評価することができます。

国籍以外の多様性を強化し、思考を多様化する

─── さて、ASEANでも今後は企業内の国籍の多様性が低下する可能性がありますが、この機会を利用して企業は外国人が占めていた役割を補えるように人財育成に投資していくべきですね。

メラ:もう1つ最後に、諸国でダイバーシティとインクルージョン(すべての属性の人々を公平・平等に扱うこと)への関心が間違いなく高まっているということだけお話しさせてください。ダイバーシティとはジェンダー、マイノリティ、思想など様々な要素を含む概念です。ジェンダーについてはどの役職においても多様性を重視している企業は多いです。現状、若手の段階ではジェンダーの多様性は公平にバランスが取れていますが、トップ層を見るとリーダークラスの人財のうち女性は15%しかいません。そのためトップ層のジェンダーバランスの改善に力が注がれています。
次に、マイノリティの問題もありますね。国の中に宗教的あるいは民族的なマイノリティがいる場合、どうやってそうしたマイノリティの人財登用を推進していけばよいかという課題があります。
また最後に、LGBTのように様々な属性が集まった集団についてですが、これもまたインクルーシブな観点から、より多様な声を尊重しているか、すべての方針においてインクルーシブであるかを見直す必要があります。必ずしも今後、国籍の面で十分な多様性が保てるとは限りませんが、他の面での多様性は、思考の多様性にも役立っていくと思います。

─── Mehraさん、刺激的な議論をありがとうございました。越境的な移動が少なくなってきた今、企業は人財マネジメントと企業内のダイバーシティを再定義していく必要がありそうですね。

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