多大な独身人口に加え、世代間での価値観の差が顕著である中国で、お一人様市場が年々拡大しています。離婚率の上昇、高齢化、一人っ子政策による独身男性の余剰、女性の社会的自立という要素すべてが、単身世帯数の増加に寄与しています。今回は、レンタルデートやチャットボット恋人などのビジネスから、中国での当該市場を構成する要素や心理に迫ります。(日本マーケティング協会 Marketing Horizon 2021年12号への弊社代表松風のインタビュー記事から抜粋)

パン・ワン博士 (Dr. Pan Wang )

ニューサウスウェールズ大学の中国・アジア研究の上級講師。著書に『Love and Marriage in Globalizing China』(2015 年、Routledge)がある。中国におけるジェンダー、恋愛、結婚、中国のメディアとコミュニケーションの分野で教育と研究を行っている。最近の出版物は他に ”Going solo: An analysis of China's 'single economy’ through the dat-renting industry"(2021), Asian Studies Review, "Love in China" (2020) in Elisabeth Vanderheiden and Claude-Hélène Mayer (eds) 等。

独身者のパラドックス

松風:王さんの記事「Going Solo: An Analysis of China's "Single Economy" through the Daterenting Industry」を拝見し、非常に興味をひかれました。中国のお一人様経済についての見解をぜひ伺いたいと思います。まず、あなたがこのジェンダー・恋愛・結婚の分野を研究するようになったきっかけをお聞きしたいのですが。

王:私の博士論文は、中国における国際結婚についてでした。博士号を取得してから2年ほどは、ジェンダー・恋愛・結婚の分野で教えたり研究したりしていました。ここ数十年の間に、法律の改正や経済の発展、技術の進歩によって、この分野に新たなダイナミズムや劇的な変化が起きていることを見てきました。私はこれに魅力を感じ、この分野をもっと深く掘り下げたいと思うようになりました。

松風:社会文化的、心理学的な観点からお話を伺っていきたいと思います。お一人様経済が中国社会、あるいは経済や国全体にどのような影響を与えるでしょうか?
先ほどお一人様経済と、中国社会のダイナミズム変化について言及されましたが、もう少し詳しく伺えますか。

王:例えば、不動産会社が開発したシングル向けのミニマンション、電器メーカーが開発したミニ冷蔵庫やコーヒーメーカー、ハンディなケトルや調理器、レストランが開発した一人用の食事体験などは、日本のお一人様向けビジネスと似たようなものがあります。また、旅行業界が提供するシングル向けの観光パッケージや、AI技術によって開発・強化されている様々なデートアプリやウェブサイトもそうですね。
これらはすべて、単身のライフスタイルを中心とした文化の成長を促進するものです。このような商品やサービスによって、シングルは満足のいくライフスタイルを送ることができ、孤独を強く感じることもありません。結婚を先延ばしにする人や、結婚しない人、子どもを持たない人も増えてくるかもしれません。このように、個人的な関係、社会的な関係、親密関係の変化が、中国のお一人様経済の台頭によって形成されていると考えています。

松風:なるほど、外国人の視点から見ると、伝統的に中国人は家族関係や集会、特に国慶節や旧正月のような行事を大事にしているように思っていました。この「シングルでもよい」という考え方には、どのような心理的背景があるのでしょうか。

王:心理的な面というよりも、社会や人間関係への影響が大きいと思います。心理的な側面から言えば、シングルのニーズをとらえた製品やサービスが増えているので、彼らのライフスタイルとメンタリティは、より充足されてきたのではないかと思います。言い換えれば、シングル向けに開発された製品やサービスは、シングルの孤独感を軽減してくれるということです。
ここにパラドックスがあります。一方では、シングル向けの製品やサービスにより、シングルの人たちは孤独を感じず、生活に満足しているわけですが、一方では、彼らのニーズを満たす製品やサービスが開発されたために、中国はより孤独な国になってしまうのではないか、ともいえるわけです。
ただ、ここで私が強調したいのは、社会的、個人的な関係への影響です。良い面としては、お一人様経済がシングルの人たちにパートナーや仲間を探す機会を提供し、ニーズを満たす方法を開発し、提供していることが挙げられます。例えば、デートレンタルサービスは孤独問題に対処するのに役立ちました。一方で、懸念事項もあります。中国で違法とされる偽装結婚や詐欺、売春などの問題、また倫理的な問題も存在しますね。

デートレンタルサービスで恋愛に柔軟性を

松風:この「デートレンタルサービス」は、王さんの最新の記事でもありますが、ここから得られるインサイトを簡単に紹介していただけますか。

王:はい。デートレンタルは、2010年代初頭から中国の若者の間で人気が高まっています。ソーシャルメディア上での数人の独身男性の行動から始まりました。彼らは、旧正月の集まりの際に、自分のガールフレンドとして女性をレンタルし、家に連れて帰りたいと考えていました。
結婚というものは非常に強力な制度で、プレッシャーも多いです。結婚適齢期の人は、親や親戚から「いつ、相手ができるのか」「結婚するのか」と聞かれることが多いですよね。その後、デートレンタルは、独身男女のニーズに合わせたビジネスに発展していきました。彼女レンタル、彼氏レンタルも含めてです。
ソーシャルメディアでは、デートレンタルサイト、デートレンタルアプリ、デートレンタルプラットフォームが登場し、公共の場ではデートレンタルイベントが開催されるようになりました。中国のデートレンタルサイトの特徴を挙げましょう。第一に利用者は20代から30代が中心で、40代は少数です。プラットフォームの主要なプレーヤーであるこの20代から30代のほとんどの人が、潜在的な顧客や恋愛相手を引きつけるためのセルフマーケティング、セルフプロモーションを行っています。デートレンタルの全体観として、性差に基づきパーソナライズされたサービスである、といえます。
第二の特徴は、デートレンタル市場は多様な動機で構成されていることです。例えば、自分を貸し出すことでお金を稼ごうとするユーザーもいれば、自分のパートナー役を務めてくれる人を探すユーザーもいる。家族や友人の前でデート関係を披露してくれる人を探す人もいれば、単に友人を探す人もいる。本当のデートや本物の関係を求める人もいれば、傷を癒すために利用する人、空虚感を埋めるために利用する人、様々なタイプの関係を求める人がいます。
第三に、デートレンタル市場は非常に流動的な性質を持っており、若者は自分のガールフレンドやボーイフレンドとしての経験をデジタル市場で商品として取引しています。この市場では、人々の関係は、経済的な関係として維持されることもあれば、友情に変換されることもあります。さまざまな種類の関係がみられるわけですが、それらは互いに変換されることもあるのです。
また、価格設定もかなり柔軟になっています。ある人は「無料でサービスを提供できる」と言うでしょう。“状況によって変わるね”と言う人もいるでしょう。金額は本当にデートのオファー次第、誰がそれを喜んで受けてくれるか次第で決まります。また、興味深いことに、女性は男性に比べて高額な料金を請求する傾向が強いようです。一方、男性は少額の料金を請求したり、無料でもよいという意思表示をする人が多いようです。このように、性別による違いもあります。また、ユーザーは、職業や学歴、連絡先、サービスの種類などで検索結果を絞り込むことができます。

松風:性差についても興味があります。男性と女性では、モチベーションにどのような違いがあるのでしょうか。

王:モチベーションは非常に似ていると思います。しかし、これは現在の中国の男女比の偏り、特に結婚市場の偏りを反映しているのかもしれません。中国の結婚市場では、女性よりも男性のほうが数が多いため、男性が締め出されているのは周知のとおりです。


パン・ワン博士の著書
『Love and Marriage in Globalizing China』(2014)

松風:彼らが、本当のパートナーを探すのではなく、このプラットフォームを利用することに魅力を感じている理由も気になります。というのも、このプラットフォームは友人関係構築ネットワークとしても機能するとおっしゃっていたからです。このプラットフォームを利用する本来の目的は、利用者は一時的なパートナーを持つことで、人前やパーティーイベントで見せびらかすことができ、さらにデートレンタル提供者側としては経済的なメリットもあるということですよね。でも本当のパートナーを探すための選択肢はまだあるわけでしょうか。

王:はい、選択肢はあります。出会い系サイトや友達のネットワークサイトなど、個人が出会いやデートをするための選択肢はたくさんあります。ご覧のように、このプラットフォームには多くの柔軟性と流動性があります。多くの人は、恋愛やデートをするつもりはないかもしれませんが、とりあえず試してみて、自分に合うか合わないかを判断することができます。このような柔軟性は、個人に多くの自律性と判断の余地を与えます。
私は、シングルの人がずっと独身でいることを望んでいるわけではないと思っています。多くのシングル向け商品やサービスによって、彼らは孤独を感じなくて済んでいるわけですが、とは言え、パートナーを探したくない、探すつもりがないという人は多くないと思います。
未婚者以外にも 離婚した人や未亡人のことも考えなければなりません。中には、再婚しない人もいます。また、パートナーが亡くなったり、パートナーを探す気にならなかったり、理想のパートナーが見つからなかったりする人もいます。このような3つのグループに注目する必要があるのです。離婚率は急速に増加しています。特に、2012年には婚姻率を上回りました。離婚率増加スピードは本当に早いのです。
離婚率が上昇している理由としては、偽装や婚外恋愛が増えていることが考えられます。また、離婚届の手続きが簡素化されたことも理由のひとつでしょう。

進むシングル市場の多様化

松風:これまで、シングルの人たちのマインドセットやデートレンタルサービスの話をしてきました。お一人様市場をターゲットにしたビジネス・トレンドという点では、他に何か気になる点はありますか。

王:お一人様市場に参入する企業や産業が増えてくると思います。つまり、企業はニッチ市場を開拓して、未婚者、離婚者、未亡人、一人旅の人など、さまざまなグループの独身者のニーズに合わせた商品やサービスを開発するでしょう。
おそらく、よりテクノロジーを駆使し、よりパーソナライズされ、より経済的に成り立つようなトレンドになると予想できるでしょう。現在、独身者のニーズを満たしているサービスの中には、非常にコストがかかるものもありますが、全体的な傾向としては、価格的にはリーズナブルになっていき、お一人様経済として、より大きく、よりポピュラーに、より多様になると思います。
日本の方がお一人様経済は発展しているのではないでしょうか。もし機会があれば、ぜひ日本に行って、日本のお一人様経済がどのように発展しているか、中国のそれと比較してみたいと思います。

松風:日本からのインサイトとしては、広がる“高齢の単身者市場”ですね。少子化もあり、独身高齢者の中には、面倒を見てくれる子供がいない人が増えています。そのため、墓石や生前葬にも自分でお金をかけるようになり、それらが成長市場となっているのです。

王:それは絶対に必要ですね。死というのは、人々が真剣に考えなければならない重大なことだからです。特に独身の富裕層のエリートたちは、生前から、死後すぐを想定したすべての準備をすることができるでしょう。しかし、貧しい人々には無理です。今後はこうした“取り残されそうな独身者層”への社会的サポートが必要になってきますね。

松風:5年後の中国のお一人様経済はどのように発展すると見ていらっしゃいますか。

王:市場の細分化、製品やサービスの多様化、テクノロジーを駆使したパーソナル化、より経済的な価格設定というお話は既にしたわけですが、例えば中国が日本と同じような道を歩むなど、国際的なコラボレーションも増えるでしょう。増え続ける独身者を満足させるために、企業が共通の目標に向かって努力し、協力していく余地はたくさんあります。 テクノロジーを活用したシングル向けサービスの普及について言えば、シングル向けのAI チャットボットなどの例が挙げられます。スマホやパソコンにAIチャットボットをインストールする独身男女が増えています。この技術によって、彼らは仮想のパートナーを見つけることができ、寂しさを感じなくなりました。AI技術は、さまざまなグループの独身者のニーズに応える、より多様な製品やサービスの開発に利用できるでしょう。

松風:チャットボットの彼氏・彼女も今、上昇傾向にあるのでしょうか。

王:はい、もちろんです。独身者向けのAIチャットボットは、大きな可能性を秘め、かつ急速に発展している産業です。

松風:非常に興味深い洞察をありがとうございました。

サービス紹介

センシングアジアのマイクロコンサルティングサービスは、海外進出、海外マーケティング分野における豊富なコンサルティングと、 M&A分野での豊富なパートナー開拓実績をベースに、アジア・アセアンにおけるビジネス展開のサポートを行います。オンラインサービスの利便性(アクセス、コスト、スピード)と人的サポートを組合せています。

こんなレポートがご提供できます。

Trend Sensing トレンドセンシング

各国の現地語ローカルニュース、記事から見える、トレンドの兆しや市場動向の変化レポート。カテゴリーごとに半年以内の現地記事やニュースから10トピック程度ピックアップし、ご提供します。

Basic type ベーシックタイプ

特定分野の市場情報

マーケット情報

B2C市場、消費者向け商品・サービスを中心としたマーケット情報(市場規模・成長率・参入企業、ブランドシェア、流通チャネル、市場価格等)をレポートします。
業界内の細部のカテゴリーまで深堀し、市場のトレンドや参入企業の状況を詳しく把握することができます。

産業情報

B2B市場、サービス産業の業界概況、市場規模(生産者価格)、生産高、輸出入、企業数、産業コスト・利益率、労働者数、平均賃金等をレポートします。

利用登録

レポートのご注文は、利用登録から。利用登録後、リクエスト画面にてお手続きください。