ベトナムIT業界はどこへ行くのか〜受託型からの脱却に向けて ASEANのIT人材は、現在約70万人。これが、若者層を中心に年間5万人以上のペースで増えている。中でもベトナムはここ数年間ITオフショア開発の拠点として注目されてきた。しかし、人件費の高騰によりいつまでこの状況が続くのか不透明でもある。そこで今回は、センシングアジアのシステム開発者でありベトナムにもオフショア開発の事業を展開する早川氏と、ベトナムITオフショア開発の現状およびベトナムIT業界の展望について考察した。

ベトナムのIT人材 〜受身形気質の土壌に眠る逸材の発掘とそのマネジメント

久保田:ベトナムの開発拠点の魅力としては単純に人材の価格競争力という点があります。概ね中国やタイの1/2の賃金と言われますが、一方、IT人材の質や特徴についてはどうですか。

早川:ベトナムでは大学の時点から職業訓練に近い教育を行うので、新卒の時点でスキルを身につけたエンジニアが雇用市場に出てきます。これはベトナムの教育制度のプラスの側面です。この点、会社に入ってからコードを書き始めるような日本のエンジニアは水を開けられています。
私は幸運にも恵まれ、キャリアは2〜3年目ですが素晴らしい開発能力を持ったスーパープログラマー的人材を採用する事ができました。オフショアの仕事ですと、システム運用の仕事を人力で行うことを前提に委託したりすることが多いと思いますが、そういった仕事がまたたく間に彼の書いたコードに置き換えられて行き、従来人間がやるべきと見なされていたレベルの作業が、どんどん自動化されて行く、という状況を目にしています。

しかし、国籍に関係なく、ITエンジニアにおいて技術力とコミュニケーション力はトレードオフの関係にあるようで、通訳の女性が「彼はベトナム語もあやしい」 と言っていました。そういう通訳参加のミーティングでもほとんど発言しないです。前職でもこれが原因で、「頭はいいけれど・・・」と、社内ではあまり評価されていなかったそうです。目上の人も敬わず飄々としているので、上司ともコンフリクトを起こしがちですね。私とはなぜか気が合いました(笑)
また、女性の活躍が著しいですね。三世代同居している家庭が多く、出産しても祖父母が子供の面倒を見てくれるので、子供ができたあともフルタイムで働き続けます。
真面目にコツコツとやる力が男性と比べて高く、特に南部の方では女性で回っている感じです。
一般的には、人材の特徴という点から言うと、ベトナム人は調和を大事にする反面、仕事における自発性があまり高くないように見受けられます。これがベトナムの教育制度のマイナスの側面かと思います。発注側も自発性や創造性をそもそも求めていないので、そういった才能がなかなか評価されない風潮があるようです。ベトナムの経済構造を見ても歴史的に、縫製業を始め内需型より海外からの請負型が多かったように思いますが、IT業界もまさに受託開発型が多く、請負い気質が根強いように感じます。
ただ、こういった環境の中でも、埋もれているスーパープログラマー的人材がまだまだ居ると思いますので、彼らを活かせれば非常に効率よく仕事がまわっていきます。

久保田:IT開発人材のマネージという意味では、海外からの受託型開発ですと、現地のエンジニアチームと海外のクライアントの間に立ってまとめ役をする、いわゆるブリッジSEが重要になってくるのだと思いますが、これがなかなか見つからない現状を耳にします。

早川:ブリッジSEは先程述べたトレードオフの中でコミュニケーション力の方に才能を分配した人材である事が多いので、技術的に最も優れているとは限りません。海外クライアントとの窓口となる関係上、高い外国語力とコミュニケーション力が要求され、必然的にチームリーダーとしてアサインされます。当然高い技術的理解も要求され、そんな人はなかなか見つからないという状況になります。日本に留学経験のある人も多いようですが、ベトナムの小学校で日本語が「第一外国語」として導入される方向になるなど、日本語を学ぶ土壌は比較的あると思います。
個人的には、技術面の才能のある人間が、経験によりコミュニケーション力やマネジメントを身につけてブリッジSEになるパターンが一番信頼できると思います。このような人材の育成には長い時間がかかりますが、ベトナムもIT業界ができてから時間が経っているので、シニアの人材がこの後頭角を現してくるかもしれません。
給与水準は新卒プログラマーの4倍以上にもなるので、キャリア上の当座のゴールとしてブリッジSEを目指すという若いエンジニアが多いです。新卒エンジニアの給与水準でさえベトナム国内では相当高いので、ブリッジSEは雲の上の存在ですね。

受託型開発が抱える課題

久保田:ベトナム人エンジニアにシステムを外注する上での難しさというのは、特にどういったものがあるでしょうか。

早川:例えば東京とホーチミンシティですと現実世界の様相が違いすぎるので、自分が作っているシステムがどのようにマネタイズされるのか、ベトナム人技術者には想像しきれない部分があります。請負いの土壌があるとはいえ、自分の想像が及ばないようなサービスをずっと作っているとなると、一体自分がやっていることは何なのか、という実存的な問いが起こっても無理はありません。日本の現状を知らないベトナム人エンジニアは、こちらから頼んだ範囲の開発はこなしてくれますが、暗黙的な意図を汲んでシステムに反映してもらう事はまず期待できないと思われます。
国民性として、彼らは非常に合理的だと思います。仕事を依頼すると「なぜこうするのか」「これはどういうことなのか」という質問ラッシュに会います。これを受け流さずに、全部丁寧に、何回でも答えるようにした所、非常に満足してニコニコしながらやってくれました。全体の中における個々の仕事の位置づけや意義を理解したいという事のようです。ただ、このような万全の回答体制を敷くとむしろ日本人側が疲れてしまうという可能性も十分あると思います。

受託型産業からの脱皮 〜スタートアップとベトナムIT産業の転換の可能性

久保田:少し前になりますが、ベトナム国内大手ITのFPTソフトウェアはより人件費の安いミャンマーに拠点を作りました。海外からの受託型ビジネスをこれからもずっと続けられるとは思えないのですが、今後はどのような変化が見込まれるか、解説していただけますか。

早川:「人月」という概念を用いて、人月当たりの単価を追求しなければならないプロジェクトでは、いずれ厳しくなると思います。高単価のブリッジSEを立てて、そのチームとして現地スタッフを大人数で雇用するという「大きなチーム」では、ベトナムの所得水準や物価が上がった時、為替が変動した時に大きな影響を受けます。また、スーパープログラマー的人材は埋もれてしまいます。
私が良いと思っているのは「小さなチーム」で、プロジェクト当たりのエンジニア数の上限を4〜5人に設定し、チーム内にあまり明確なヒエラルキーを作らない方法です。このような組織であればスーパープログラマー的人材の能力なども活かす事ができ、結果として1人当たり生産性は向上すると思います。スーパープログラマーは1チームに1人までとします。コストも下がり、日本国内で4〜5人程度のエンジニアの雇用を維持するのが難しいベンチャー/中小企業であってもチームを始められるので潜在需要を掘り出す事ができると考えます。
「小さなチーム」に関連して、最近の動向として面白いなと思ったのは、ホーチミン市に、Dreamplex(https://dreamplex.co/)という、スタートアップのハブになっているコワーキングスペースがあるのですが、これを運営する起業家が、ベトナム訪問中のオバマ大統領と会った、ということが話題になっていました。請負い気質の土壌がある中、ベトナムでも若い世代を中心に、新しいものを作り出そうとする動きが見受けられ、そういった動きが海外でも注目されつつあるように感じます。
オフショア先として考えるとコスト競争力が無くなるのかもしれませんが、ベンチャーやスタートアップとなると、収益構造が全く変わってきますので、仕事として成立する可能性があります。
他には、ベトナム系アメリカ人が、ベトナムに来てビジネスを起こしたりしているのですが、成功率が高いようで注目されています。逆に、そういった人たちがベトナムに来て逸材を発掘し、シリコンバレーに連れて行ってあちらで起業するというパターンもあるようです。

久保田:ベトナムの市場としての魅力はどうでしょうか。価格競争力を失った場合、海外国内向け問わず、高付加価値として何を提供できるかが勝負になってくるのだと思うのですが。

早川:日本の「さとり世代」と違って彼らは欲しい物がいっぱいあるようです。成人すると親戚中から借金してスクーターを購入すると聞きました。今は3世代同居ですが所得水準が上がってくると、必ずや祖父母とは別に暮らしたいとなってくると思いますので、核家族向けの製品やサービスの市場が拡大すると思います。
ソフトウェアの市場に関しては、ベトナムの国境線に沿って見る必要はないと考えています。AndroidやiOSのApp storeでアプリを探すときに、どの国で開発されたかは関係なくなってきていますよね。
ベトナムは今後、オフショア先としてはコスト競争力が無くなり魅力が減っていくのかもしれませんが、ASEAN屈指のIT人材プールを抱え、型にはまれば素晴らしい能力を発揮できるエンジニアが埋もれています。その中から優れたスタートアップが生まれてきてもおかしくない状況になってきていると思います。彼らは、ベトナム国内市場のみならずASEAN全域を市場として捉えるようになってくるのではないでしょうか。


オフショア先としてここ数年注目されてきたベトナム。国家をあげて推し進めてきた従来の受託型モデルは、同時に受身的な人材や風潮をつくることにもなっていた。しかしその一方で、若い世代を中心としたスタートアップの動きが、国内外で注目されるようになってきている。マクロ的見地から見ても、ベトナム経済は産業構造の転換や為替市場の安定で安定成長しており、今後更なる内需拡大も期待される。ASEANの中でも有望市場としてのポジションは、相対的に安定していると考えられる。日本企業のオフショア先としてだけでなく、新たなビジネスパートナー開拓先としても、ベトナムは魅力を増しつつあるのかもしれない。

(コンサルタント 久保田麻衣子)


※1 野村総合研究所 第222回NRIメディアフォーラム「アジア地域(ASEAN)における社会・ICTインフラビジネスの動向と事業機会」 2015年5月26日

取材協力:早川祐太

mobage向けのソーシャルゲーム開発やSPYSEEの開発の他、現在はIoTセンサーを使ったエネルギーマネジメントシステム等の開発を行う株式会社Scoopy代表。松尾豊研究室出身。

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